2012年 10月 15日
あの世とこの世の境の場所@京都
週末は師匠の舞台を鑑賞するため、友人と3人で京都に行きました。
神戸に帰省中のUちゃんとは途中合流ということで、
名古屋から一緒のKちゃんとククク♪平家にまつわる場所巡り。
平家巡礼の旅って・・・
ワタクシ達、そこまではディープじゃございませんことよ(^_^;)
清水五条駅で降りるとそこは六波羅。
歩き始めたとたんテンションが高くなるKちゃん♪
平家一門の邸宅、その数五千二百余りが居を構え栄華を誇り、
六波羅といえば平家と言っても過言でない場所。
私は昨年行きましたが、Kちゃんにはたっぷり当時に思いを馳せてもらい、
六波羅密寺へ向かいました。
平清盛の坐像や空也上人にお参りを済ませ次へ向います。
そう、私達はあの世とこの世の境に向かって歩いているのです。
歩くこと10分、目的地の六道珍皇寺(六道さん)に着きました。
ここは建仁寺の塔頭で、死者を葬る鳥辺野の入口にあたる場所。
鳥辺野は平安時代の葬送地で、当時風葬ということもあり、
おびただしい数の亡骸が野ざらしにされていた場所なのです。
そしてあの世(冥府)とこの世(現生)の分かれ道が、この六道の辻です。
珍皇寺は小野妹子の子孫、小野小町の祖父で、宮廷官吏であり歌人の
小野篂(おののたかむら)の像が、閻魔大王の隣に祭られています。
何と彼は夜な夜な冥界に通い、閻魔大王の補佐官として、
亡者達を裁いていたと、そんな言い伝えがあり・・・
本堂裏にある井戸から冥界へ降りて行ったらしいです。
私達は本堂見学(地獄絵図あり)の事前申し込みをしなかったので、
小さな覗き窓からちらりと冥界へ通じる井戸を眺めました。
し~んと静まり返った境内には私達2人だけ。
しばしあの世とこの世をさまよって(散策して)いると、
突然肩が重くなり首のつけねが痛くなり、頭痛になりそう、
弱ったなと思っていたら、隣にいたKちゃんがポツリ一言、
「どうしよう私、突然首の後ろ、この辺りが重く痛くなってきたわ」と言いだし・・・
「え?私も」 「何、これ?」と・・・お互い顔を見合わせ、
丁寧に何度も何度も合掌して、お寺を後にしました。
もしかして見える人には見える?あの世とこの世の境で、
ちょっとだけ不思議体験をしてしまいました。
―続く―
いつもご訪問ありがとうございます。1日1回押してくださると嬉しいです
にほんブログ村
にほんブログ村
神戸に帰省中のUちゃんとは途中合流ということで、
名古屋から一緒のKちゃんとククク♪平家にまつわる場所巡り。
平家巡礼の旅って・・・
ワタクシ達、そこまではディープじゃございませんことよ(^_^;)
清水五条駅で降りるとそこは六波羅。
歩き始めたとたんテンションが高くなるKちゃん♪
平家一門の邸宅、その数五千二百余りが居を構え栄華を誇り、
六波羅といえば平家と言っても過言でない場所。
私は昨年行きましたが、Kちゃんにはたっぷり当時に思いを馳せてもらい、
六波羅密寺へ向かいました。
平清盛の坐像や空也上人にお参りを済ませ次へ向います。
そう、私達はあの世とこの世の境に向かって歩いているのです。
歩くこと10分、目的地の六道珍皇寺(六道さん)に着きました。
ここは建仁寺の塔頭で、死者を葬る鳥辺野の入口にあたる場所。
鳥辺野は平安時代の葬送地で、当時風葬ということもあり、
おびただしい数の亡骸が野ざらしにされていた場所なのです。
そしてあの世(冥府)とこの世(現生)の分かれ道が、この六道の辻です。
珍皇寺は小野妹子の子孫、小野小町の祖父で、宮廷官吏であり歌人の
小野篂(おののたかむら)の像が、閻魔大王の隣に祭られています。
何と彼は夜な夜な冥界に通い、閻魔大王の補佐官として、
亡者達を裁いていたと、そんな言い伝えがあり・・・
本堂裏にある井戸から冥界へ降りて行ったらしいです。
私達は本堂見学(地獄絵図あり)の事前申し込みをしなかったので、
小さな覗き窓からちらりと冥界へ通じる井戸を眺めました。
し~んと静まり返った境内には私達2人だけ。
しばしあの世とこの世をさまよって(散策して)いると、
突然肩が重くなり首のつけねが痛くなり、頭痛になりそう、
弱ったなと思っていたら、隣にいたKちゃんがポツリ一言、
「どうしよう私、突然首の後ろ、この辺りが重く痛くなってきたわ」と言いだし・・・
「え?私も」 「何、これ?」と・・・お互い顔を見合わせ、
丁寧に何度も何度も合掌して、お寺を後にしました。
もしかして見える人には見える?あの世とこの世の境で、
ちょっとだけ不思議体験をしてしまいました。
―続く―
いつもご訪問ありがとうございます。1日1回押してくださると嬉しいです
にほんブログ村
にほんブログ村
by mimoza1105
| 2012-10-15 17:35
| 能楽・京都